海原会について

お知らせ

2016年12月20日

真珠湾攻撃75周年記念セレモニーに参加して

南雲中将率いる「赤城」を旗艦とする日本海軍空母機動部隊から離陸した183機の航空機による真珠湾の奇襲攻撃が成功して75年の歳月が流れました。

 

12月7日(以下時間は全てハワイ時間で記載)に行われた「真珠湾攻撃75周年記念セレモニー」に、菅野副理事長、平野事務局次長及び脇田会員(甲飛13期生)の三名が出席しました。

今年は、真珠湾攻撃で散華された日本海軍軍人65名の慰霊祭が、始めてハワイ総領事主催で開催された画期的な年となり、12月4日にハワイに到着してから合計4回の慰霊祭が開催されそのすべてに出席しました。

 

真珠湾攻撃についてはこれまで映画や様々な著作物で何度も目にしてきましたが、戦没された65名(うち豫科練出身者26名)の事については殆ど知らずに過ごしてきてしまいました。

75周年にしてやっと迎える事が出来た日本国による日本人の為の慰霊祭、海原会を始めこれまで関わってこられた先人たちの努力を無駄にしないように、育てていかなければと思います。

 

12月6日 「BLACKENED CANTEEN CEREMONY」(黒焦げの水筒セレモニー)

◆主催団体 NATIONAL PARK SERVICE(アメリカ合衆国国立公園局)

      PACIFIC AVIATION MUSEUM (太平洋航空博物館)

◆場所   USS Arizona Memorial (アリゾナ記念館)

◆慰霊祭の内容

    1994年6月20日、B-29爆撃機による静岡市の空襲により静岡市民約2,000名と空中衝突で

    散華した米軍のB-29搭乗員戦死者23名の合同慰霊のため、末期の水を求めたB-29搭乗員の手形が

    残る「黒焦げの水筒(BLACKENED CANTEEN)」からバーボンウイスキーを、真珠湾の海に献酒するセレモ

    ニーで、海原会菅野副理事長が来賓として挨拶しました。

式典会場全景

式典会場全景

アリゾナ記念館へ渡る渡船

アリゾナ記念館へ渡る渡船

アリゾナ記念館

アリゾナ記念館

朝の第一便、関係者のチャーター便

朝の第一便、関係者のチャーター便

菅野副理事長ご夫妻

菅野副理事長ご夫妻

アリゾナ記念館入り口

アリゾナ記念館入り口

菅野副理事長挨拶

菅野副理事長挨拶

ハワイ総領事と献酒

ハワイ総領事と献酒

黒焦げの水筒     (BLACKENED     CANTEEN)

黒焦げの水筒 (BLACKENED CANTEEN)

献花

献花

花

献酒

献酒

会場全景

会場全景

コーラス隊

コーラス隊

夜景

夜景

日本テレビ局のインタビュー

日本テレビ局のインタビュー

 

12月7日 「シンポジュームの開催」

◆主催団体 PACIFIC AVIATION MUSEUM (太平洋航空博物館)

◆場所   アリゾナ記念館

◆内容

ハワイホノルルと姉妹都市の関係にある、新潟県長岡市内の高校生約20名を招いてシンポジュームが開催さ

れ、菅野副理事長と脇田会員の2名がパネリストとして参加しました。また、菅野副理事長が基調講演を行い

ました。

シンポジュウム会場

シンポジュウム会場

パネリスト

パネリスト

菅野副理事長

菅野副理事長

参加者

参加者

基調講演

基調講演

質疑応答

質疑応答

記念写真

記念写真

 

12月7日 「75TH NATIONAL PEARL HARBOR REMEMBRANCE DAY COMMEMORATION

(75周年 国立真珠湾記念日)

◆主催団体    United States Navy (アメリカ合衆国海軍)

National Park Service(アメリカ合衆国国立公園局)

◆場所    パール ハーバー

◆内容

主催団体からの正式の招待客として、海原会から菅野副理事長、平野事務局次長、脇田会員(甲飛13期)の

3名が出席しました。

目前にアリゾナ記念館を望む

目前にアリゾナ記念館を望む

カーティス・ウィルバー(ミサイル巡洋艦)

カーティス・ウィルバー(ミサイル巡洋艦)

アメリカ海軍兵士

アメリカ海軍兵士

 

12月8日 「真珠湾攻撃 日米合同慰霊祭」

◆主催    日本国ハワイ総領事

アメリカ合衆国海軍

◆場所    ヒッカム空軍基地内 (アリゾナ記念館の対岸)

◆内容

日米合同で行われた初めての日本人戦没者の慰霊祭で、海原会からは菅野副理事長、平野事務局次長、脇田会員

の三名が参加しました。

 

アリゾナ記念館が目の前に見渡されるフォートアイランドの丘の上で、ハワイ総領事の執行で執り行われまし

た。戦後70年が過ぎ、ハワイ真珠湾で日本が日本人戦没者のために行う初めての慰霊祭であり、まさに歴史的

場面に日本人の一人として立ち会うことができました。

 

日本の報道では、地元で日本人を追悼することへの根強い反発を考慮して非公開で行われたと伝えられています

が、このメモリアルデーにハワイに滞在してみてそんな反発は全く感じられませんでした。むしろ、そう思って

いるのは日本側のような気がしました。

ハワイ総領事の三澤康様の挨拶の中にも、日本からの極めて少ない参列団体の一つとして「海原会」が紹介され

、これまで前田名誉会長や菅野副理事長など多くの先達が築いてこられた海原会とハワイ関係団体の結びつきの

強さを実感しました。

 

真珠湾に流れる日本人戦没者慰霊のための「君が代」を、英霊達はどのような思いで聞いていたでしょう。これ

で、やっと日本に帰ることが出来るとそんな思いをした英霊もいたかもしれません。

 

日本のテレビ局のインタビューに答えた菅野副理事長の「真珠湾で君が代を聞くとは思わなかった。日本側の戦

死者からみれば『初めて聞かされた。これで成仏できるな』」という言葉に胸が詰まりました。

(残念ながら式典の様子は、主催者の希望により掲載ができません。)

アリゾナ記念館の対岸の会場

アリゾナ記念館の対岸の会場

日米両国国旗

日米両国国旗

式典終了後の語らい

式典終了後の語らい

アメリカ側関係者

アメリカ側関係者

 

 

12月8日 「真珠湾攻撃75周年 犠牲者慰霊追悼並びに世界平和祈願特別法要」

◆主催    ハワイ日蓮宗別院  導師 平井智親師

◆後援    ハワイ仏教連盟

◆場所    ハワイ日蓮宗別院

◆内容

在ホノルル日本国総領事 三澤康様を始め多くの在ハワイ日本人及び日系の人々が参加して開催されました。海

原会からは、菅野副理事長、平野事務局長、脇田会員の三名が出席しました。ハワイ日蓮宗別院には真珠湾攻撃

で散華された日本人65名の霊簿が奉納されており、1970年代から真珠湾でのアメリカの慰霊行事に併せて、

日本人戦没者の慰霊を続けてきておられます。

平井導師の「皆さん、昔私達がどれほど大きな犠牲を払ったのか、そのお蔭で今日の平和と友好があることを、

そして将来にわたってそれを護っていかなければいけないことを、どうぞご家族に、ご親戚に、ご友人に伝えて

下さい。それにより、犠牲者の霊は慰められ、喜ばれます。」という、ご挨拶が今も頭に甦ります。

日本人戦没者を祀る

日本人戦没者を祀る

黒焦げの水筒も奉納

黒焦げの水筒も奉納

菅野副理事長と語らう平井導師

菅野副理事長と語らう平井導師

多くの日本在住日本人の参拝

多くの日本在住日本人の参拝

 

(写真の一部は、太平洋航空博物館から許可を得て掲載をさせていただいております。)

 

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